火気厳禁のハングル畑でつかまえて

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半地下のオタクがK-POPを語るブログ

20220903/What's In Exy's Rap?! ――宇宙少女エクシに見る「リアル」とアイドル像の変化

はじめに

宇宙少女が好きだ。大人数グループならではの迫力あるダンスパフォーマンス、デビュー当初とはまた違った成熟したコンセプトとそれに伴うヴィジュアルイメージ、多彩なボーカルデリバリ……、どれを取っても素晴らしい。

中でも筆者はリーダーのエクシが好きだ。彼女はグループの中でリーダーとラッパーを担当し、独特のアンニュイなトーンで繰り出される彼女のラップは宇宙少女の楽曲に欠かせない要素となっている。

 

 
 
 
 
 
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この記事では、そんな彼女の経歴、曲中のラップにおけるライム・フロウの分析を通じて彼女の表現の特徴や魅力を解き明かし、また彼女のような「自作ドル」と呼ばれるアイドルたちの活躍がシーンに与える影響を考察していく。

韓国語・英語の詞の訳は特に記載がない限りPapagoと筆者によるものである。また、筆者の好みにより今回もほとんど女性アイドルのみを扱う。ご了承頂きたい。

 

Who is Exy? -人物と経歴-

経歴

1995年11月6日生まれ、本名チュ・ソジョン。 練習生時代の2015年にフィメールラッパーサバイバル番組『Unpretty Rapstar2』に出演し、2016年に宇宙少女のメンバーとしてデビュー。グループではリーダーとラッパーを務める他、作詞作曲も行い、メンバーに直接ボーカルディレクションを行う様子がビハインド映像に収められている。

 

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米大手歌詞投稿サイトgenuisを調べてみると、彼女がクレジットされている曲はなんと約100曲。宇宙少女のほぼ全ての楽曲に作詞で参加しているから驚きである。

 

グループ以外の活動

自身のグループ以外にも、個人名義での客演や楽曲提供を行っている。2017年にはラッパーのキム・ユナと連名でシングル「Love Therapy(feat. Zia)」をリリース。ノスタルジーを誘うキラキラしたビートの上で軽快にラップを披露している。

 

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作詞を担当した宇宙少女と同じくSTARSHIP所属のボーイズグループCRAVITYの「My Turn」は、グループの楽曲とはまったく違う雰囲気の歌詞になっている。

 

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How does Exy rap? -ライムとフロウの分析‐

この章では、そんなエクシのラップを分析していく。今回、分析手法として以下のブログ記事と、記事の中で紹介されている書籍『HOW TO RAP』で用いられている手法を採用した。

 

towerofivory.hatenablog.com

 

これは1小節4拍を1行4列の表としてそこにリリックを配置し、そのライムやフロウを分析する手法だ。韻を踏んでいる箇所は太字、ポーズ(休符、音が乗ってない箇所)の箇所はグレーアウトとした。細心の注意を払ったが、聴き取れた範囲で書き起こしているため拍のカウントやハングルのルビが間違っている可能性がある。ご容赦頂きたい。

 

Masquerade

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宇宙少女4枚目のミニアルバム『WJ Please?』収録曲「Masquerade」では、いわゆる"ラップ"といった雰囲気のフロウを披露している。

 

 

この"ラップっぽさ"は同じ「むのじょっ」「ごがっ」「あろっ」「ごがっ」と冒頭から「a」の音のライムを重ねていることに起因する。4小節目末であえて後ろのセンテンスの頭を前に持ってきてライムする拍をズラすことで緩急をつけ、7小節目では「あぬん」「だうん」のパーフェクトライム(完全に母音が一致する単語でライムすること)で更に速度感を増し、ラストはタイトル「Masquerade(仮面舞踏会)」にかけた「last dance」のフレーズの後にポーズを入れて余韻を残している。

 

Secret

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冒頭から「もrら(分からない)」「などなr(私も私を)」のライムに加え、「/りらど(言葉でも)」「/うむr(気持ちを)」と単語を区切って細かく踏むことで粘っこいフロウになっている。3,4小節目では「a-u-n-o」のライムを「/えげ(あなたに,君に)」と後ろのリリックの頭の文字を持ってきて長めにライミングしている。この曲ではビートの裏拍に音を乗せるシンコペーションの技法をフロウに落とし込み、前半の若干つんのめったようなリズム感を生み出している。

 

YALLA

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「YALLA」では冒頭から小節の前半でライムして耳を惹きつけ、「dope(イケてる)」「(また)」「どk(毒)」「こっ(花)」と細かい韻を散りばめつつ後半にかけて早口のフロウに移行。前半にポーズを用いゆったりしたフロウで進んでいた分、後半のフロウとライムの畳み掛けが更に印象に残るような構成になっている。

 

UNNATURAL

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冒頭はラップというより歌とラップの折衷であり、「Butterfly」のラップパートも同様の傾向がある。


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ここで注目したいのは7,8小節目の畳み掛けるライムだ。「もんちょんはんこr(馬鹿みたいな格好)」「dripping gold(輝くゴールド)」と畳み掛けた後、8小節目に至ってはほぼ全音節で踏んでいる。

 

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ガールズグループによるサバイバル番組『QUEENDOM2』のカバー曲ステージで披露された「NAVILLERA」には、GFRIENDの原曲にはないラップパートが挿入されている。タイトルにもなっているフレーズ「ナビレラ」「ノクリゴナ」のサンプリングが印象的だ。

カバー曲のステージということもあり、普段の宇宙少女の楽曲ともまた違った雰囲気のアレンジになっているが、ラップパートではTrap風のハイハットが入り、それに呼応するように「のくりごな(あなた、そして私)」「むrどぅりょがなr(染めていく)」の箇所は3連符のフロウが使用されている。3連符のフロウはMigosを代表とするTrap以降のラップにはほぼ標準装備と言ってよいフロウであるが、わかりやすい例としてTWICE「LIKEY」のラップパートの「チャンカンマンチャンカンマン〜」の部分が挙げられる。

 

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特筆すべきは、原曲のモチーフに掛けた「세계를 스치 갈 my wings(世界に触れた私の翼)」というフレーズから「You can call me, "Oh, my queen!"(女王と呼びなさい)」で番組タイトルにもかけて締めくくる終盤のラインで、爽やかさを押し出した原曲を宇宙少女の持つ神秘的でかつ芯のあるコンセプトに変換したこの曲の象徴的なパートとなっている。

 

ライムとフローに見る特徴

以上5曲をダイヤグラムに落とし込んで見てみた。彼女のラップの特徴はどこにあるのだろうか。

まず1つは緩急の付け方だろう。前半はポーズも織り交ぜつつ余裕のあるライミング/フロウで進行し、後半は短いライムを1つの小節の中で繰り返したり、音節を増やして早口でフロウすることによって異なったグルーヴ感を演出している。これはやはりグループの楽曲だからこそ、自分のパートの8小節で如何に印象に残るラップをするか? ということを考えた結果なのかもしれない。

また、上記のフロウに連動してライムスキーム(韻の構造)の複雑になっていることも特徴だと言えるだろう。頭韻と脚韻を織り交ぜつつ、2つの小節をライムで繋ぐクープレ(2行連句)、1つの小節にライムを入れ込むシングルライナー、この2つを混合したマルチライナーなど、その時々でライムの配置、フロウのアクセントの位置を変えていることが分かる。

USのHIPHOPから影響を受けたスラングをリリックの中で使うことも特徴と言えるだろう。「dripping gold」「skrt!」「keep it lowkey」「That's dope」など英語圏スラングの使い方から、現行の欧米メインストリームのHIPHOPから影響を受けていることも推測される。実際、彼女はインスタグラムのストーリーにYe(Kanye West)『DONDA』やKendrick Lamar『Mr.Morale & Big Stepper』を聴いている画面のスクリーンショットをアップしていたり、私服としてTravis ScottのASTROWORLDのTシャツを着ていたり、筆者が通話特典会で好きなUSのラッパーを訊いたところJ.Cole、Mac Miler、Childish Gambinoを挙げるなど、韓国以外のHIPHOPもかなりチェックしているようだ。

 

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「dripping gold」というフレーズの由来や意味合いについては過去に当ブログの記事で紹介している。未読の方は是非チェックして頂きたい。

 

kaki-genkin.hatenablog.com

 

スラング、と言っても宇宙少女というグループのコンセプトを壊さない範囲で使っているのがニクいところで、このコンセプトによる制約によってBLACKPINKなどの楽曲におけるラップパートとも違うものに仕上がっている。

この3つの特徴から何が分かるか? エクシはあくまでアイドルグループのラッパーではあるが、ここまでオリジナリティのあるラップが出来る(それを披露する機会がある)ということだ。それには勿論制作側との信頼関係やこれまでのキャリアも要因としてあるだろうが、ここでは「アイドルであること」と「自分自身のオリジナリティを持った表現をすること」は対立していない。

 

Is Exy's rap "real"?  -アイドルという存在とHIPHOPのイズム-

ここまで、エクシが作詞したラップパートをそのライムやフロウの面から分析し、いわゆる"アイドル"の領域で本流のHIPHOPをベースとしたオリジナリティを持ったラップを披露していること指摘した。ここで、「そもそもエクシは何故ソロのラッパーではなくアイドルとして活動するのか?」ということについて考えてみたい。

 

ラッパー = HIPHOPPER?

ラップという歌唱法と、HIPHOPというカルチャーは別物として捉えることも出来る。実際、「恋愛サーキュレーション」や水曜日のカンパネラの楽曲などはラップという歌唱法こそ用いているが"HIPHOP"なのかと問われると意見が分かれるだろう。

 

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無論、HIPHOPの文化とラップは深く関連している。ここで筆者が言いたいのは、K-POPHIPHOPではないし、グループにおけるラッパー(ラップ担当)のメンバーが自分で詞を書いているか、HIPHOP的なマインドを持っているかどうかは人による、ということだ。そして勿論、自分で詞を書いていないからといって劣っているということもない。

今回のテーマであるエクシに関しては、彼女の経歴やリリックを読む限りHIPHOPカルチャーから影響を受けていると言っていいだろう。

 

夢か、現実リアル

前章で宇宙少女の楽曲を紹介したが、それ以外にも年上の相手への恋心を甘く歌う「Plop Plop」、思春期の悩みを抱えつつハツラツとした「HAPPY」、自信に満ちた大人の女性像を提示するユニット曲「Easy」など、魅力的なラップを披露している。

 

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アイドルの魅力とは何か? ハイレベルなダンスや歌唱は勿論、アニメやマンガから飛び出してきたようなルックス、ステージの上で放たれるきらびやかな存在感こそが、彼女たちに惹かれ、応援したくなる大きな要因だろう。アイドルが「夢を与える」職業と言われる所以はここにある。

対してラッパーはどうだろう。

 

つまりこういうことだ。新宿スタイルはリアルな歌しか歌わねえ。

(漢 a.k.a GAMI『ヒップポップ・ドリーム』、p300)

 

HIPHOPを普段聴く人ならお分かりだと思うが、ラッパーとヘッズ(HIPHOP愛好者)はとにかく「リアル」であることを重要視する。「リアル」なラッパーこそがドープであり、「リアル」ではない、つまり「フェイク」な奴はダサいのだ。

ここで1つの疑問が立ち上がる。我々に一種の「夢」を見させてくれるアイドルは、果たして「リアル」なラッパーたりえるのだろうか。エクシはラップという表現方法を使ってはいるが、そこで歌われるのはあくまでグループの世界観の中のことであって、本当の彼女の感情や想いは反映されていないのではないか?

ヘッズでありマンガ表現の研究者である岩下朋世は、ラッパーに求められる「リアル」の概念をキャラクター論の延長線上に置き、こう分析した。

 

「リアルである」という評価が意味を持つのは、評価の対象が、なにかの複製であったり表象であったりする場合が、その対象の複製や表象の方があらかじめ認知されている場合だ。

(岩下朋世『キャラがリアルになるとき 2次元、2.5次元、そのさきのキャラクター論』、p1168)

ほんとうに実人生に即したラップをしているのかどうか、ということ以上に、ほんとうにラップの中に出てくるみたいな人物なのか、ということの方を、彼らはその生き様によって証明しなければならないのだ。つまり、ラッパーは「原作者」であると同時に「原作」に登場するキャラクターを演じる存在でもある。

(岩下朋世『キャラがリアルになるとき 2次元、2.5次元、そのさきのキャラクター論』、p170)

 

つまり、ラッパーに求められているのは、「実際のラッパーの人生や経歴に即したラップをすること」ではなく、「ラップしている内容に即した人物であること」なのだ。ここで「リアル」という言葉は、我々の目の前にある現実世界のことではなく、「説得力」のようなものを指している。

翻って、アイドルの魅力をこう言い表すことも出来る。我々オタクがアイドルに「夢」を見ている時、そのアイドルは「夢の世界の住人」を演じる存在なのだ、と。アイドルとラッパーの魅力は、「夢」と「リアル」という相反する言葉で表されるが、両者は演技者であるという点で共通している。

これまでに紹介した宇宙少女の楽曲やMVをもう一度見返してほしい。エクシはその「夢」=「原作」である歌詞を自分自身で書いているが、彼女がラップしている時、出で立ちや表情の使い方、フロウや声のトーンがリリックとそぐわないと感じるだろうか?  やはりそこには「リアル」さ≒「説得力」が存在すると筆者は思う。

それでもまだ、「お前が言っているのはHIPHOP的な"リアル"とは違う話だ」と反論が聞こえてきそうだ。以下に、エクシが2015年ミックステープとして発表した楽曲「쓸어버려(スロボリョ、掃いて捨てろ)」のリリックを抜粋した。

 

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It's not over me
ジャングルから飛び出してきた 1匹のヒョウが
It's not over me
私を見て震え上がってるのは誰?

私を見くびった人たちの前でラップしたら誰も目を合わせられなくなる

これは核爆弾を予告するトレーラー Just wait
他人のコピーみたいなラップばっかり 私はもっと過激にやる

全部掃いて捨てろ
掃いて捨てろ
全部掃いて捨てろ
さっと掃いて捨てろ
君が何を望んでいるのか、それが何なのかただ私だけを信じて任せればいい
今 ここを掃除しちゃうから

 

これは番組『Unpretty Rapstar2』を経てエクシのデビュー前に発表された楽曲であり、ボースティング(自己顕示)とHIPHOPシーンに対する挑発を行っている。この楽曲においてエクシは、アイドルという立場ではなくラッパーとしてラップをしている。ボースティングの勢いで「核爆弾」とか言ってるのはちょっとどうかと思うが、1人のラッパーとして自負があるからこそ強い言葉もラップしているし、その言葉の責任も背負う覚悟でリリックを書いたのだろう。ちなみにBTSの原爆Tシャツ騒動は2018年のことである。韓国のHIPHOPシーンにおいてこのような語彙がよく用いられるのかどうかは時間の関係で調査出来なかったが(GOLDBUUDAが「Like that Nagasaki Pop」とか言ってたので割りとよくあるのかもしれない)、USのHIPHOPでは「Kamikaze」「Nagasaki」などの単語がボースティングの文脈の中で使用されることもままあり、国による歴史認識の違いを感じさせる。

宇宙少女におけるラップとこの「쓸어버려」の違いは、作詞者としての自己認識の違いからくるものだと筆者は考える。ラッパーは生まれながらにしてラッパーである、という訳ではなく、ラッパーであろうとする(岩下の言葉を借りれば「原作」を生み出し続ける)からこそラッパーなのである。そしてそれは、アイドルがアイドルとして活動すること、アイドルであり続けるために歌やダンスやその他諸々を努力することとどれだけ違うのだろうか? 

どのようなラッパーに「リアル」さを感じるかは、リリックの内容は勿論、フロウやライムのスキルによるところも大きい。そうした意味でも、アイドルとして質の高いパフォーマンスを目指すことと、1人のラッパーとして技巧を凝らした表現をすることは本質的に共通している。

この章の冒頭で「そもそもエクシは何故ソロのラッパーではなくアイドルとして活動するのか?」という問いを立てたが、そもそも、アイドルでもラッパーでもなく、1人の表現者として彼女を捉えるべきだったと言える。エクシは作詞を通じて「夢」と「現実リアル」を同時に生きているのだ。

 

自作ドルたちの活躍とアイドル像の変化

先述のブログ記事ではOH MY GIRLのミミが紹介されているが、それ以外にもCLCイェウン、MAMAMOOムンビョル、IVEレイなど、エクシ以外にも自身で作詞・作曲を行うアイドルは数多く存在する。そんな彼女たちを指して「自作ドル」という。

うろ覚えではあるが、当時IZ*ONEのメンバーであった宮脇咲良が自身のラジオ番組で「作曲の授業を受けている」と話していた記憶がある。韓国のアイドルはデビュー後もダンスの練習にボーカルレッスン、外国語の授業を受けるというが、作詞作曲もそれらと同等に求められ鍛えられる能力だと言ってもいいのかもしれない。

そんな自作ドルの代表的な存在が、(G)I-DLEのソヨンだ。彼女はオーディション番組『PRODUCE101』を経て6人組ガールズグループ(G)I-DLE(現在は5人)のメンバーとしてデビューし、自身のグループの楽曲プロデュースも行っている。また個人としての活動としてもSM Station「Wow Thing」に参加したりイ・ヨンジやBIBIを招いてEPをリリースするなどしているが、個人的にはColde「New Vision」の客演パートで放った「Idle is my masterpiecе」(I-DLEは私の傑作)というラインに彼女の「リアル」な自信を感じた。このラインでは「Girls」を意味するグループ名のGが省略されていて聴いた当初は疑問に思っていたが、今年リリースの(G)I-DLEの楽曲「TOMBOY」では「It's neither man or woman Just me I-DLE(男でも女でもない、ただのI-DLE)」と歌っていて腑に落ちた。これは性別による偏見に対する彼女のアティチュードの表出だろう。

 

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HIPHOPジャンルではないが、先日LE SSERAFIMのメンバーであるホユンジンの自作曲をYoutubeに公開され、それと同時に音楽配信に特化したWebサービスSoundCloudのアカウントも開設された。

 

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こうした自作ドルたちの活躍によって、アイドルという存在/職業が「お着せのコンセプトや楽曲を消化して演じる」というものではなく、「自らが創作しパフォーマンスに落とし込んでいく」というものになりつつあると言える。

近年K-POPガールズグループ界隈でよく「ガールクラッシュ」という言葉が使われる。女性もくらっと来てしまうようなクールな魅力のアイドルを指してガールクラッシュと形容するのだが、K-POPカルチャーに造詣の深いライターのDJ泡沫は、この言葉が多用されるあまりに形骸化していることを指摘した。

 

社会を挑発するような強い表現を打ち出していくことも、社会の風潮がどうであろうと清楚だったりかわいいイメージのコンセプトを貫き通すことも、両方とも「女性の主体性」のもとに生み出されるのであれば、女性へのエンパワーメントにはなりうるはずだ。

(DJ泡沫「第4章―コンセプト化した「ガールクラッシュ」はガールクラッシュたりえるか?」、『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』所収、2022年、p111。)

 

宇宙少女という夢幻的なコンセプトのグループに身を置きながら作詞を通じて表現活動を続けるエクシや、所属グループ自体のプロデュースを行いながら既成概念への疑念を投げかけるソヨンのような自作ドルたちの活躍によって、女性アイドルの女性ファンたちにとっても共感が持てる楽曲や表現が増えていくのではないだろうか。

また、引用した文章でDJ泡沫が語っているように、自作ドルだからといって特定のイメージや偏見を持ってその創作物を受け止めることは避けるべきだ。肯定的な文脈で「やっぱり女性が制作したモノは~」と語ることも、作詞・作曲者を性別のフレームにはめて考えること、つまり差別になりうる。筆者はこの章の途中まで「アイドル」と「ラッパー」を二分し考察を進めていたが、それも一種の偏見から来るものだったと認めざるを得ない。

 

おわりに

ここまで、宇宙少女のリーダーでありラッパー・エクシのラップを分析し、また彼女の活動から現在のK-POPシーンにおけるアイドル像の変化を見てきた。

エクシのラップには「フロウの緩急」「ライムスキームの複雑さ」「USのHIPHOP由来のスラングの使用」の特徴があると指摘したが、彼女のラップの揺れ動くリズム感とボキャブラリーが夢と現実リアルを接続し、我々リスナーに独特の感覚を与える。それは睡眠と覚醒の狭間、細部まで鮮明に見えている/聴こえているはずなのに過ぎ去ってしまうと何も思い出せない、あの感覚。まさに夢、である。『インセプション』よろしく夢を設計し、その中で自身やメンバーを魅せているのだと言えよう。

アイドルグループのラッパーという存在をHIPHOPカルチャーにおける「リアル」の概念を通して検討することで、アイドルとラッパーの魅力が似通ったものなのではないかと考察した。そしてその2つを横断する自作ドルたちの活動から、一般的に認識されているような「アイドル」の概念とは異なる、表現者としてのアイドルの姿が浮かび上がってきた。アイドル自身が表現することによって、今認識されている「ガールクラッシュ」とは違う形での女性ファン層からの共感や憧憬を生み得るのではないか、と考察した。筆者の肌感覚ではあるが、自ら作詞・作曲に携わるアイドルは増加傾向にある。この変化がシーンにどういった変化をもたらしていくのかはまだ未知数ではあるが、これからのK-POPがアイドルとファンダムにとってより開かれ、自由なものになることを切に願う。

夢と現実の間を彷徨う優美な蝶――、それがエクシであり、自作ドルたちであり、アイドルを巡る偏見を打ち破る希望、なのである。

我々受け手側も、推しに熱狂しながらその創作物自体は冷静に受け止めて読み解くこと、つまり「夢の中にいながら覚醒すること」が求められている。良いと思う点を評価するのは勿論、問題がある点は正当に批判する―誹謗中傷ではなく―ことこそが、我々オタクと推しの間に信頼関係を築く手立てであると筆者は信じている。

参考資料

今回の記事を書くにあたって参照した書籍及びWebページを以下に挙げる。どれも面白いので一度読んでみてほしい。

 

 

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