火気厳禁のハングル畑でつかまえて

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半地下のオタクがK-POPを語るブログ

20230805/3人が踏み出す偉大な飛躍――ODD EYE CIRCLE「Air Force One」レビュー

全員とは言わない。一部のK-POPファンにとって、今年の夏は”再び時計が動き出した夏”だ。2023年7月12日、ODD EYE CIRCLEが約6年振りの新曲「Air Force One」をリリースした。

 

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ODD EYE CIRCLEは12人組ガールズグループのLOONA(이달의소녀:今月の少女)から派生した、ジンソル、キムリプ、チェリの3名からなるユニットである。彼女たちが2017年にリリースしたミニアルバム『Max & Match』は音楽レビューサイトRate Your Musicで韓国音楽チャート歴代2位(執筆時点)、その収録曲「Girl Front」は米Rolling Stone誌が選ぶ「The 100 Greatest Songs in the History of Korean Pop Music」で49位にランクインするなど、その楽曲のクオリティは批評家筋からも高く評価されている。

 

さてLOONA自体の活動はと言うと、メンバーと所属事務所間での契約上の問題により今は止まっている状況だ。経緯がかなり複雑なのでここでは省略するが、現在はメンバーそれぞれが別の事務所に所属、あるいはソロ活動に向けての準備を行っている。上記の3名は元々LOONAのプロデューサーを務めていたチョンビョンギ(정병기)が新たに設立した事務所MODHAUS(モドハウス)に移籍し、今回のミニアルバム『Version Up』で再出発を果たした。

 

ミニアルバムのイントロトラックでも用いられている「기다렸어?(待ってた?)」のフレーズのカットアップ、そしてボルチモアクラブのリズムにどうしても胸が躍る。ボルチモアクラブ(Baltimore club)はダンスミュージックの1ジャンルで、簡単に言うとキックが「ドンドンドンドンド」と1拍目、2拍目、3拍目の表、そして3拍目と4拍目の裏にキックが鳴るのが特徴。ジャンルが生まれる経緯などについてはe_e_li_c_a氏による以下記事を参照されたし。

 

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このジャージー/ボルチモアクラブの流行に影響を与えたのが、HIPHOPサブジャンルDrillである。UKのアンダーグラウンドシーンから火がつき、アメリカに渡って故Pop smokeやFivio Foreignがリードしたこのムーブメントは、過激な歌詞の内容から警察の取り締まりの対象になるほどに燃え広がった。

BandmanrilやNLE ChoppaなどがこのDrillのスタイルとジャージークラブのグルーヴを組み合わせたジャージー・ドリルの楽曲をリリースすると、そのキャッチーさ故にSNSを経由してじわじわとリスナーを増やしていった。ジャージー・ドリルヒットの決定打となったのが、グループロゴのタトゥーを入れるほどのGFRIENDのファンとして知られるLil Uzi Vert「Just Wanna Rock」だ。執筆時点でこの曲を使ったショート動画がTiktokに約115万件上がり、本人が踊った動画はTiktokで再生回数約500万回、YoutubeのMVは再生回数約1億回を記録している。

 

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K-POPではNewJeansが「Ditto」(2022年12月)でボルチモアのリズムを用いたのが発端となり、SEVENTEEN「손오공(孫悟空)」(2023年4月)やLE SSERAFIM「eve psyche and bluebeard’s wife」(2023年5月)、NewJeansの最新曲「Supershy」(2023年7月)で用いられている(こう見るとHYBE系のグループがやたらやってるような……)。

 

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UK発のDrillの流行、コロナ禍の状況緩和などと呼応したクラブシーンの盛り上がりなどと絡み合ってボルチモアクラブが再び注目を集めている。ODD EYE CIRCLEの本来の魅力である洗練されたダンスミュージックの要素とボルチモアクラブの流行が奇跡的にマッチし、楽曲の山場への期待感を高める役割を果たしている。

 

楽曲の山場、「Air Force One」のサビ部分を聴いて筆者が想起したのはSOPHIEの「Immaterial」だ。

 

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加工されたボーカル、四つ打ちの強烈なグルーヴ、フレーズの繰り返しによる陶酔感―――シンセのメロディやミックスの具合は異なるものの、上記の要素は2曲に共通すると言ってよいだろう。「Immaterial」ではトイピアノっぽさのある音色が使われているが、「Air Force One」ではジンソルのソロ曲「Singing in the Rain」のサビに近いfuture bassのようなシンセが鳴っていて、 メンバーの歌声と合わせて聴くとkawaii future bassっぽい印象も受ける。

 

SOPHIEの「Immaterial」は資本主義社会を逞しく生きる「マテリアル(物質的)な女の子」を描いたマドンナの「Material Girl」を下敷きに、人工甘味料をこれでもかと混ぜたトラックの上で「非-物質的」なアイデンティティを模索する。

 

今わたしは何にでもなれる

どこへ行こうと

あなたはいつもわたしの心の中にいる

わたしの心の中に

説明する必要もない

もう一人にして

わたしは止まらない

もう何にも邪魔させない

 

SOPHIE - Immaterial (火気厳禁訳)

 

SOPHIEがトランス女性として経験した苦悩や葛藤、そして性別や人種関係なくなりたいようになれるべきだという想いを込めた「Immaterial」のメッセージは、LOONAが「Butterfly」で描いた「この曲を聴く世界中の全ての人々がLOONAの一員であり、目指す場所まで飛んでいける」という思想と共鳴する。

 

君は蝶のように飛んで

もっと高く羽ばたいて

このまま蝶のように飛んで

鋭い風の音

君のそばにいたい

 

LOONA - Butterfly (火気厳禁訳)

 

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「Butterfly」の作曲は、「Air Force One」と同じく作曲家集団MonoTreeのG-Highによるものだ。楽曲に用いられる音像のリファレンスには、規範に縛られない態度への共感とリスペクトも含まれているのではないだろうか。

また、チョンビョンギは自らの事務所MODHAUSの設立時にインタビューで以下のように語っている。

 

――モードハウスはどんな会社か

「既存のエンターテインメント体制でアイドル志望生がデビューするには、各エンターテインメント会社のオーディションを受けるしかなかった。 昔は社会のネットワークが今ほど行き渡っていなかったため、そのような中央化されたエンターテインメント構造が効率的でもあった。

しかし、今は三大あるいは四大芸能事務所でなくても練習生が分散化されたネットワークを通じて自分を知らせることができる時代に入った。モードハウスは練習生を各種のネットワークに簡単に参加できるよう支援し、ファン参加によるコンテンツが製作される空間を積極的に用意する会社だ」

 

――長期的にアイドル制作の全過程を脱中央化することを目標にしていると聞いた。従来のエンターテインメント会社と比べて、モードハウスの収益モデルはどうなるのか

「脱中央化はすでに多様な産業で議論されているテーマだ。 それでもエンターテインメント業界で相対的に脱中央化議論が少ない理由は、既存のエンターテインメント産業を脱中央化すればエンターテインメント会社自体を解体するという話になるためだ。 ヒルトンホテルが既存サービスをAirbnbのように変えるのが難しいように。

しかし、最初から脱中央化という発想の元にプロジェクトの構造を設計すれば、収益モデルには支障がないと考えている。 Airbnbが宿舎を直接所有していないからといって収益モデルがないわけではないだろう。私たちがアイドルを志す人々のプールを中継し、ひいてはそのプールの空間を直接形成する役割を果たせば、その中で既存エンターテインメントとは異なる新しい収益モデルを創出できると思う」

 

(出典:https://www.coindeskkorea.com/news/articleView.html?idxno=78441、火気厳禁訳)

 

練習生個人がSNS等を通じて直接ファンとコミュニケーションを取ったり事務所からのスカウトを受けている状況に着目し、ファン参加型コンテンツなどを通じてより簡単にアイドルとファンを結びつけられるよう芸能事務所MODHAUSが立ち上げられた。MODHAUSが行うアイドル/練習生とファンのネットワークの中継・構築は、長年に渡る練習生期間を経てやっとデビューするといったK-POP界の慣習を打ち破る試みだとも解釈できる。インタビューの発言は事務所のビジネスモデルについてのものだが、アイドルを目指す練習生たちに寄り添い、自己実現をサポートする姿勢が見て取れる。ビョンギは我々が望めば何にだって――アイドルにだって!――なれる世界を本気で目指しているのかもしれない。

 

トレンドであるボルチモアクラブの要素を取り入れつつ、ファンが求める”ODD EYE CIRCLE”らしさ、そしてチョンビョンギが描いたLOONAの集大成「Butturfly」の精神性までも内包した「Air Force One」。NewJeansのデビュー以降今まであまりK-POPを聴いてこなかった層にも楽曲の質の高さが取り沙汰されるようになったが、ODD EYE CIRCLEのようにグループ自体が持つイメージやアイデンティティを活かした上でトレンドを取り入れたクリエイティブを打ち出していることはもっと評価されてよいだろう。

そして何より、権利や契約関連の問題が度々起こるK-POPシーンにおいて、こうしてODD EYE CIRCLEの3人が再び集まって新曲をリリースすること自体がエポックメイキングなことである。8月2日には事務所ctdenmから、LOONAメンバーのビビ、ヨジン、ゴウォン、オリビアヘ(ヘジュ)の5名によるLoossemble(LOONA + Assemble)なる企画がローンチした。再びLOONAの12人が揃ってステージに立つ日はそう遠くないのかもしれない。

規範や偏見を軽々と踏み越し世界中のファンをエンパワメントしてきた彼女たちは、履き潰したコンバースを真っ白なAir Force 1に履き替えて再び高く飛び立つ。誰も見たことがない月の裏側、新しい宇宙に向かって。

 

 

参考資料

 

 

 

 

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