火気厳禁のハングル畑でつかまえて

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半地下のオタクがK-POPを語るブログ

20220514/LE SSERAFIM「FEARLESS」に見る"モード"――身体と音楽、そして2人の天使

はじめに――LE SSERAFIMとは

2022年5月、BTSの所属する大手芸能事務所HYBEから6人組ガールズグループがデビューした。グループ名はLE SSERAFIM(ルセラフィム)。元IZ*ONEのサクラとチェウォンが参加しているグループということで現在も話題を集めているが、まずはデビュー前に公開されたティザーを見て頂きたい。

 

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バックステージでメイクと撮影を終えたメンバー達がランウェイに降り立ち、ウォーキングを披露する――この演出は、先日書いた『NMIXX「O.O」を考察する』の記事の中で指摘した"K-POPのモード化"の最たる例ではないだろうか?

 

kaki-genkin.hatenablog.com

 

LE SSERAFIMのヴィジュアルイメージを元に、K-POPがモード・ファッションの要素を取り入れる理由やそれが我々に与える印象、そしてK-POPとモード・ファッションの関係性、そしてLE SSERAFIMのデビュー曲「FEARLESS」MVにおけるモード性の所在について考察したい。

(この記事では個人的な好みにより女性アイドルの例のみ扱います。悪しからず……)

 

"モード"を取り入れるK-POP

モードとは何か

モード、とはフランス語で「流行」を意味する言葉である。特にCHANELGUCCI、Louis Vuttonなどの大手メゾンが作り出すファッションにおける流行を指す。また、「ファッション」と同じような意味合いで使われることもあるが、その場合は我々が普段普段着るような服よりも高価なものを指すことが多いようだ。この記事においても、「流行」「高級ファッション」といった意味合いで「モード」という言葉を使用する。

そして、そうしたハイブランドの広告物、ファッション誌の誌面デザインを広く指してファッションエディトリアルという。この業界の代表的なカメラマンにリチャード・アヴェドン、ギイ・ブルタン、ヒューゴ・コンテなどがいる。

 

リチャード・アヴェドン

https://www.atgetphotography.com/Images/Photos/RichardAvedon/avedon05.jpg

 

ギイ・ブルタン

https://www.fashion-press.net/img/news/77240/HZY.jpg

 

ヒューゴ・コンテ

https://www.designscene.net/wp-content/uploads/2019/12/gentle-monster-2020-2.jpg

 

K-POPのクリエイションに見るモード

さて、それではK-POPの中でモードファッションやファッションエディトリアルの影響を受けている例を見ていこう。

itzy「WANNABE」のMVでは、チェリョンがデザイナー、ユナがモデルのような役を演じている。特に、楽曲の終盤(2:57~)でユナがヒールを脱ぎ捨ててランウェイに繰り出すシークエンスが印象的だ。

 

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元SISTARソユの「GOTTA GO」でも、ソユ本人がフロントロウ(ショーの観客席の最前列)からランウェイでのダンス、そしてバックステージ、再度ランウェイへ。というシークエンスで構成されている。

 

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また、前述の記事で指摘したように、メンバーが着ている衣装のスタイリングそのものがモードを反映している場合もある。

 

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以下の記事によると、ハイブランドの製品を着用するだけでなく、スタイリストが似たような服を作ってしまうという例もあるようだ。

 

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また、CDのパッケージデザインにファッションエディトリアル的なヴィジュアルイメージを取り入れているものもある。

Red Velvet Irene&Seulgi「MONSTER」のCDパッケージは、白と黒を基調とし、かつバージョン名称に香水の香りの変化を表すTop note, Middle note, Base noteという名前が付いている。Top note ver. , Middle note ver.は正方形で厚みのあるデザインになっていて、"モノ"としても香水のパッケージに近い雰囲気を感じる。

 

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一方、Base note ver.のパッケージはB5サイズ大で、ファッション誌を思わせるデザインになっている。

 

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全ver.通して用いられている写真もかなりクールで上品、高級感のあるトーンでまとめられており、特に水面からのバストアップの写真はそのままジュエリーブランドの広告に使えるほどだ。

 

Red Velvet Irene&Seulgi  「Monster」

https://allaccessasia.com.au/wp-content/uploads/2020/07/EcATEcSUcAEHjmJ-660x400.jpg

 

この曲のMVでのアイリーンの黒髪ロング、前髪ぱっつんのスタイリングは、伝説のスーパーモデル・山口小夜子がモチーフになっているのではないかと推測する。筆者は過去にこのブログでK-POPアイドルの髪型における前髪の有無と、それによって見る人に与える印象がどう変わるのか?を考察したが、ここでは「少女性と成熟した大人っぽさ」が両立しており、それが一種の倒錯した魅力に繋がっている。

 

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10人組ガールズグループ宇宙少女のグループ内ユニット・WJSN THE BLACK「Easy」のパッケージデザインも、前述「MONSTER」に近い雰囲気で作られている。このユニットは宇宙少女の中でも年長のメンバーによるユニットで、クールな女性像を提示している。

 

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そんなWJSN THE BLACKのCDパッケージでは、フォント、*の使い方がどことなくComme des garsonを思わせるロゴがジャケットに採用されている。

 

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ここまで、K-POPの業界がMVやCDのパッケージデザインにモード、ファッションエディトリアルの要素を取り入れた例を見てきた。MVではファッションショーを模した演出が用いられ、アイドル本人が注目を浴び、写真に収められている様子をメタ的に表している。パッケージデザインでは、高級感や上品さ、クールなコンセプトを表現するためにファッションエディトリアルの様式が用いられているようだ。

次は逆に、モード界がK-POPを取り入れた例を見てみよう。

 

モード界からのラブコール

K-POPファンならご存知だと思われるが、K-POPアイドルがメゾンブランドのアンバサダー(広告モデル)に抜擢されることはもはや珍しくない。この章では、ブランドの顔となった女性アイドル達を見ていこう。

 

ロゼ

BLACKPINKのロゼは、現在2つのブランドのアンバサダーを務めている。

2020年、ロゼはイブ・サンローランのアンバサダーに就任した。「モードの帝王」と呼ばれたデザイナーのイブ・サンローランが1961年に設立したブランドで、 現在は、アンソニー・バカレロがクリエイティブディレクターを務めている。彼女がショーに赴いた時の様子が下記2つ目の動画に収められている。

 

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そして彼女は2021年に、Tiffanyのアンバサダーにも就任した。Tiffanyは1847年にニューヨークで設立したブランドで、アメリカにおけるファッションジュエリーの歴史に寄与した。

 

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ジェニ

ロゼと同じくBLACKPINKのジェニは、2018年にCHANELのビューティーラインのアンバサダーに就任。2021年にはキャンペーンモデルに起用され、2022年春夏のショー映像に出演。

CHANELはココ・シャネルによって設立されたブランドで、2つのCがクロスしたロゴデザインやツイードを用いた服が有名だ

 

CHANEL 2021/22 ココ ネージュ コレクション

https://hips.hearstapps.com/hmg-prod.s3.amazonaws.com/images/chanel-the-coco-neige-ad-jenny-1632539249.jpg?crop=0.938xw:0.846xh;0.0361xw,0.0181xh&resize=768:*

 

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2020年にはCardi Bと並んでフロントロウに座る様子も。同年10月にリリースされたBLACKPINKのアルバムではまさかのCardi Bとのコラボ曲「Bet You Wanna」が収録された。

 

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リサ

またまた同じくBLACKPINKメンバーのリサは、CELINEのアンバサダーに就任。2022年のSSコレクションではなんとリサがランウェイでモデルを務めた(下記動画5:17~)。

CELINEは1945年にパリで設立されたブランドで、現在はエディ・スリマンがディレクターを務めている。

 

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aespa

SMエンタから2020年にデビューしたaespaは、その翌年GIVENCYのアンバサダーに就任している。GIVENCYは、1952年にパリで設立されたファッションブランドだ。

 

 
 
 
 
 
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aespaが昨年末スケジュールでニューヨークを訪れた際には、メンバーが現在GIVENCYのクリエイティブ・ディレクターを務めるマシュー・ウィリアムスと対面した。1017 ALYX 9SM(アリクス)という彼自身のブランドは、工学的なデザイン――特に工業用ベルトの留具――をファッションに取り入れ、HERON PRESTONやOff-Whiteと共に注目を集めた。そんな彼が手掛けるGIVENCYが、新進気鋭のaespaをアンバサダーに迎えている。これは、パリ・モードがK-POPの動向をいち早くキャッチしているいい例だろう。

 

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サクラ(宮脇咲良)

今回の主題であるLE SSERAFIMのサクラも、デビュー前の4月にLouis Vuittonのアンバサダーに就任している。Louis Vuittonは1894年に旅行用カバンを製造するアトリエとして創業された老舗メゾンだ。

 

 
 
 
 
 
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ここに挙げた以外にも、BLACKPINKジス、Red Velvetのジョイ、IVEのウォニョンとユジンなど、メゾンブランドのアンバサダーを務めているアイドルは数多くいる。

何故K-POPアイドルがアンバサダーに選ばれるのか? それは彼女達が欧米圏の俳優やミュージシャン同様国際的に人気があること、整ったルックス、過酷なダンスレッスンで鍛えられた身体、徹底したプライベートの管理によってスキャンダルを起こしにくいことなどもブランド側がアンバサダーに迎えたくなる要因の一つとして挙げられるだろう。

彼女たちがファッション誌やブランドの広告物に載ることで、K-POPのファンダムにもこうした写真のスタイルやその魅力が十全に浸透してきている、とも言える。

 

ファッションショーのエレガンスとLE SSERAFIMの目指すもの

さて、本題に戻ろう。

LE SSERAFIMのデビューに先駆けて公開されたティザー映像は、それぞれ「CASTING CALL」「2022 "FEARLESS" SHOW」「The Rough cut : Debut Collection」と題され、ランウェイモデルがオーディションを受けランウェイを歩くまでの様子を一連の流れとして見せている。

 

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このティザー映像からは、言うまでもなくモード界からの影響、というかパロディを行っていることが見て取れる。

また、ティザー写真についても同じことが言える。シンプルかつ力強い構図に、グループのロゴが入っただけの写真は、ファッションエディトリアルを志向しているのだろう。「LE SSERAFIM」のロゴに用いられているフォントは恐らくHelveticaをベースにしたオリジナルのもので、限りなくCHANNELのロゴに似せている(A,E,Lの文字を見るとよく分かる)。

 

LE SSERAFIM

https://www.thefirsttimes.jp/admin/wp-content/uploads/5000/04/20220421-cg-132900-1408x939.jpg

 

CHANEL

https://pbs.twimg.com/media/Ev8qjj-XcAgFilE.jpg

 

リリースされたCDのBLACK PETROL ver.とBLUE CHYRE ver.に関しても、Red Velvet Irene&SeulgiやWJSN THE BLACK同様にシンプルなパッケージデザインにファッション誌のようなフォトブックがついている。

 

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しかし、だ。これを読んでいる多くの読者が知っている通り、LE SSERAFIMのデビュー曲「FEARLESS」のMVでは、ブランドの路面店を模したセットをバックにユンジンとカズハがリップシンクしている箇所(0:19~)以外そういった演出が殆ど無い。

 

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何故、本命であるデビュー曲のMVで"モードっぽい"演出が採用されなかったのだろうか。その答えを探すためには、「ファッションショーが何故我々の心を引き付けるのか?」という問いから始めないといけない。

 

ファッションショーにおける倒錯と官能

まずはファッションショーの映像を見てみよう。下記動画は、CHANEL2016年春夏のショーである。

 

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どうだろうか? ランウェイを闊歩するモデルたちと、デザイナーの手掛ける美しい服、巨大なセットと熱の籠もった視線でそれを見守るプレスやセレブリティ――。ファッションショーという場が、非日常の祝祭的空間である、ということがお分かり頂けただろうか。

また、ファッションショーではほとんどお決まりのBGMとしてハウス・ミュージックが用いられる。例に挙げたCHANELのショーでは、前半でハウスナンバーが使われている。

ハウスは音楽ジャンルの1つであるが、ここでは「BPM(テンポのことです)110~140ぐらいの幅で、低音のバスドラムが一拍ずつ鳴る四拍子(中略)の音楽*1」という認識でよいだろう。極限まで分かりやすく、乱暴に説明すると、エレクトロ系のサウンドが鳴っているかつ、リズムパターンを文字に起こしたら「ドンツッドンツッドンツッドンツッ」となるような音楽がハウスなのだ、と言ってしまってもよいかもしれない。

ハウスはクラブカルチャーの中で成立したと言われている。つまり、ハウスは「踊るための音楽」である。ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔氏は、「踊るための音楽」がウォーキングのために用いられている状況をこう分析する。

 

「すべてのウォーキング・ミュージック(筆者注:ファッションショーのBGMに使われる音楽のこと)は、音楽自体の律動を、モデルの歩行が無視した上で関係している」

そして、ささやかに付け加えるならば「エレガント」な「無視」というべきでありましょう。「優雅な生活は最大の復讐である」というスペインの諺を引くまでもなく、音楽を筆頭にしたあらゆる魅惑的な外部を平然と無視することができる冷徹な精神がエレガンスの一角を占めていることは、エレガンスが「選ぶ」という言葉を語源に持つことの逆証明のようにして、どなたもご存知のことでしょう。

菊地成孔『服は何故音楽を必要とするのか? 「ウォーキング・ミュージック」という存在しないジャンルに召喚された音楽たちについての考察』、河出書房新社、2012年』、p46

 

ここでランウェイを歩いているモデルたちは、みな一定の速度で歩きながら、しかし、その歩調は微妙に音楽のビートとはずれています。ぜんぜん食い違っている、というほどでもなく、あからさまに無視をしている、という風でもない。ダンスとウォーク、音楽の躍動感とモデルのクールな歩行との間に作られているこの関係と無関係の狭間にこそ、シック、エレガンス、スタイリッシュといった「ファッション・ショー」に特権的な概念が見事に受肉しているのだ、とわたしは捉えています。

菊地成孔大谷能生『アフロ・ディズニー エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』、株式会社文藝春秋、2009年、p151.152。

 

踊るための音楽を歩くために使う、という倒錯。あるいは踊りたくなるような音楽を聴きながらそれでも歩く、という関係/無関係。菊地氏はこの倒錯性や一種の抑圧から生まれる、BGMのテンポとウォーキングの間の"揺らぎ"に、ファッションショーの持つエレガンスの根源を見出した。このファッションショーにおけるウォーキングについて、鷲田清一氏の著作に興味深い一節があったので引用する。

 

川久保玲(コム・デ・ギャルソン)はコレクションのときモデルたちに向けてこういう。「にこにこしないで、踊らないで、ただふつうに道を歩くように歩いて」、と。

鷲田清一『てつがくを着て、まちを歩こう』、筑摩書房、2006年、p257。

 

音楽とウォーキングがエレガンスを生み出す要因だとするならば、音楽に合わせてダンスをすることが前提条件としてあるK-POPとはそもそも相性が悪い。よって、「FEARLESS」のMVはモードの要素を「取り入れなかった」のではなく「取り入れられなかった」と見る方が妥当だろう。苦肉の策としてモノトーンで揃えた衣装やハイブランド路面店のようなセットを用いているが、ティザー映像ほどの効果は与えられていないように思う。

 

歩くことと踊ること

と書くと、「でもitzyもソユもMVでファッションショーやってたじゃん」という声が聞こえてきそうだ。もう一度「WANNABE」と「GOTTA GO」のMVを冷静に見返して欲しい。

そう、ユナとソユはランウェイで"踊っている"のだ。ユナは振りを踊っている、という感じではないにしろノッてるのは明らかだし、上で見たようなファッションショーというよりはTGCとか関コレのような印象を受ける。

事実、メゾンブランドのファッションショーでは「服が最も美しく見えるように歩く」という課題がモデル達に与えられる。デザイナーの意図によっては、ショーの演出としてモデル達が音楽に合わせて歩いたり踊ったりする例もあるだろう。しかし、そこに上記のようなエレガンスは存在しない(エレガンスが存在しない=価値が無い、ということではない。念の為)。

「FEARLESS」のMVにおいては、この身体性の在り方の違いが分かった上で、モード感の演出を衣装や路面店ファサードらしきセットの使用に留めておいたのではないか。

 

だが、LE SSERAFIMが"揺らぎ"によるエレガントをまったく導入していないか、と言われればそうではない。

先に紹介した以外にも、LE SSERAFIMのデビュー前に公開されたティザーがある。このティザー映像では、前半ファッションショーでよく用いられるようなミニマルなハウスナンバー(デビューEP収録「The World Is My Oyster」)が流され、サクラのセリフをきっかけにBGMが切り替わる。

 

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このティザーのBGMと映像自体のテンポについて注目して欲しい。

特にダンスシーンに顕著だが、BGMが切り替わる前と後で映像と音楽のシンクロ感がまったく異なる事が分かるだろうか? 前半が「ダンスをしているシーン」に音楽をつけた、といった質感であるのに対し、後半はこのBGMに合わせて映像が展開していくように見える(一瞬だけ映るチェウォンのダンスシーンに顕著)。

撮影時のオフショット動画を見ると、撮影現場では音楽に合わせて踊っていたことが分かる(下記0:50~)。静から動へと変化するダイナミズムを演出しているのだと言えばそれまでだが、「踊るための音楽で踊らない」「映像と音楽のズレ」という抑圧と、音と画が激しく同期することによる抑圧からの解放。たった3分の映像の中にこの構造を作り出したPDチームには脱帽する。

 

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また、後半は前半繰り広げられた行動を逆再生したものになっている。この「行って戻る」という構成自体が、ランウェイを往復することのメタファーになっているのだと筆者は推測する。

LE SSERAFIMは恐らく今後もこの高級志向、ファッションエディトリアル感を軸に各種のイメージを制作するだろう。彼女たちがパリモード由来のエレガンスをどのように獲得し、表現するのか――、次回のカムバック、いや来季のコレクションが楽しみである。

 

おわりに――モード化するK-POP(Repackage)

ここまで、LE SSERAFIMのデビューに際しての各種ティザーと楽曲のMVを端緒に、K-POPとモード界との関係について見てきた。

K-POPのMVやCDのパッケージデザインにファッションエディトリアルの要素が用いられている例、ハイブランドのアンバサダーにK-POPアイドルが起用されている例を概観し、それぞれの状況や我々に与える印象を確認した。また、LE SSERAFIMのデビューティザーの分析から、彼女らが今までのK-POPの中であったようなものより一歩踏み込んだ形でファッションショー(=パリ・モード)の要素をオマージュしていることが分かった。それなのにも関わらず、デビュー曲「FEARLESS」のMVではメンバーがランウェイを歩く映像などはまったく用いられていない。それは、ファッションショーとK-POPにおける身体性の在り方が全く異なることが要因だろうという考察を行った。

 

LE SSERAFIMのティザー映像が革新的だったのは、メンバーが踊らず、笑わず、それぞれが各人のテンポでランウェイを歩いていたことだ。実際にメンバーがウォーキングのレッスンを受けたのかどうか、現場でどのようなBGMが流れていたかどうかは分からないが、少なくともあのティザーからは本場パリで行われるショーと同種のエレガンスを感じる。

そしてこのLE SSERAFIMのヴィジュアルイメージからも、「O.O」を分析した時に指摘した「K-POPそのもののモード化」を読み取ることが出来る。 

 

だからパンクであろうがグランジであろうが、ピアスであろうが金髪であろうが、いかにそういう社会の外部に出ようとしても、すぐに「モード」のなかにきれいにのみこまれ、「近ごろのはやり」ということにされてしまう。「モード」はなんでも「はやり」ときて萎えさせられるのだ。こうして流行はだんだん短くなる。必死で「はやり」から逃れようとして、だれもしていない新奇なスタイルをもとめるからだ。逃れようとして逆に、「はやり」を過剰に意識してしまう。

鷲田清一『てつがくを着て、まちを歩こう』、筑摩書房、2006年、p68。

 

引用した文章はモードという現象についてのものだが、K-POPにもまったく同じことが言える。それは、「ガルクラ」「ドゥンバキ」など、K-POPにおける流行りのヴィジュアルイメージや曲調を半ば揶揄するような形で表現するスラングがあることからも分かるだろう。流行というものは流行すればするほど陳腐になってしまう。

モードは常に新しさを求める。映画、アニメ、欧米圏アーティストのMV、古典から現在までのアート……K-POPもまた、その外部にある表現を貪欲に取り込んで自らを進化(最新化)してきた。LE SSERAFIMのヴィジュアルイメージの優れている点は、ファッションショーやエディトリアルといった「既に用いられたモチーフ」をより本格的にリファレンスし、「見たことあるけど新しい」という感覚を我々に呼び起こすことにある。

K-POPのクリエイションは、既に「楽曲を含めた様々な要素の順列組み合わせの中から最適なイメージを選ぶしかない」という状況であるが、それでも作り手側の選択とセンス次第でLE SSERAFIMのような目新しくクールなものが現れる、という事実に、筆者は驚きと感動を覚えた。

 

最後に、今年4月に筆者が渋谷で撮影した動画を紹介してこの考察を終えたいと思う。両者の作り出すイメージが液状化してきつつある現在、パリのファッションショーでK-POPがかかる日もそう遠くないのかもしれない。果たしてその時、モデル達は歩くのだろうか? 踊るのだろうか?

 

 

参考資料

 

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*1:菊地成孔『服は何故音楽を必要とするのか? 「ウォーキング・ミュージック」という存在しないジャンルに召喚された音楽たちについての考察』、河出書房新社、2012年』、p33。