火気厳禁のハングル畑でつかまえて

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半地下のオタクがK-POPを語るブログ

20200617/緊急特集! KーPOPガールズグループの"前髪"から分かるコト

皆様こんばんは。切った張った丁か半か、繁華街では人攫い、桜吹雪のサライの空に、密着警察24時間テレビより緊迫する世界情勢を鑑みた緊急特集をお届け。「今日読めば明日の女性声優の話題がわかる」と評判の「ハングル畑でつかまえて」、ながされて藍蘭島、八百屋ならローランド、イギリス文学ならコンラッド、風邪薬ならコンタック100錠! ということで(笑)、今夜の1曲目はアーバンギャルドで「前髪ぱっつんオペラ」。

 

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はい。「火気厳禁のハングル畑でつかまえて」、「緊急特集!KーPOPガールズグループの"前髪"から分かるコト」と題しましてお届けしております。怒涛の前口上でしたね(笑)。

先日、このブログの元ネタのラジオ番組で「日韓アイドルの違いは前髪にあるのでは?」という話題が展開されており、パーソナリティの方が「K-POPアイドルグループにはメンバー全員前髪が無いグループもある印象」と語っていて「いやいや(笑)」と思ったので色々調べてきました。「日本のオタクは前髪が好き、欧米のオタクはおでこが好き、欧米でのニーズに合わせた結果韓国のアイドルには前髪が無いのでは」という問いかけに対して番組内では「顔の系統に合わせて似合うものを選び、その結果として差異が生まれる」と結論付けていました。

概ね理解出来るんですが、まず言いたいのは「K-POPは欧米市場向けで云々」という話はされがちだしそれはそうなんだけど、まずは韓国国内で売れないと本格的な海外進出は出来ないということ。「欧米ウケ」を積極的に狙うよりまずは国内音楽チャートで上位に行かない限りは国際的な人気をガッチリ得るってのはまあ難しい。無論、海外にもKポフリークがいて日夜digってるってのはありますがやはりBTS(国連総会でスピーチ、グラミーでプレゼンターを務める)とかBLACKPINK(米国最大級フェス・コーチェラに出演)クラスまで行くのはそう簡単な話ではないです。

K-POPグループが欧米市場でも活躍するための要件を満たすのはかなり難しい、となると、前髪の有無が直接欧米市場でのウケに影響するか、という点に因果関係を見出すのは難しい。そして日本・韓国・欧米、の感覚を同時並行で語るのも難しい(それぞれの国出身の人にインタビューするしかなかろう(笑))。ということでこの記事では、前髪の有無によって与える印象の違いとは? 実際にK-POPガールズグループには前髪のあるメンバーがどれくらいいるのか? その割合はイメージ戦略にどのような影響を与えているのか? について論じていきたいと思います。

 

前髪が与える効果

本題であるK-POPアイドルの分析の前に、ここでは前髪の有無、がスタイリングにおいてどのような効果を果たすのか? そして日本のアイドルとK-POPアイドルの違いについて見ていきたいと思います。

 

前髪の歴史(ざっくり)

ということで、前髪の歴史をネットで調べてみました。

前髪があるヘアスタイルの源流として、平安時代の「尼削ぎ」がありました。これは女性が出家した際に肩くらいまで髪を切り揃える髪型を指し、このスタイルの一種として目にかかるくらいまで前髪がある「目刺し」スタイルがあったそうです。これが近世あたりから「禿(かむろ)」と呼ばれ、これらの髪型を現代風にアレンジしたものが所謂「姫カット」です。

Wikipediaの「おかっぱ」の項を参照してみると、やはりこれも少年少女の髪型としての歴史があり、徐々に成人女性のスタイリングとして広まっていくという流れが分かります。ボブカットでは前髪を作っていないケースもあるので一概には言えませんが、日本、欧米どちらとも前髪のあるヘアスタイルの出発点は子供の髪型であったことが分かります。

ここまでをざっと見る限り、日本でも欧米でも前髪の存在が「幼さ」と共にあり、成人女性にも一般的に広まった現在でも、そのイメージがまだ少し残っていると言えるのではないでしょうか。

韓国の伝統的なヘアスタイルについてもちょっと調べてみましたが、歴史モノのドラマを思い返して頂ければお察しの通り成人女性はデコ出てます。が、幼い子どもの髪型に関しては調べきれなかったため追加調査の余地あり。

 

アイドルと前髪、日韓の違い

前髪がもたらす効果としての「幼さ」は、ヘアスタイルそのものの歴史から来るものなのではなかろうか。という推測を展開しました。では日本のアイドル業界において、前髪はどのような役割を果たしてきたのでしょうか?

 

昭和の女性アイドルにとって前髪は命だった。(中略) 「前髪命」の理由、それはそのほうが可愛いからというのもあるが、恥ずかしいからというのもきっとあるだろう。芸能人に限らず思春期を迎えた女子に共通する”乙女心”のなせる業。おでこを出すことは自分の裸を見られるのと同じような感覚なのかもしれない。

平成になっても、アイドルの「前髪命」はあまり変わっていないようにも見える。AKB48グループにせよ坂道グループにせよ、前髪をきっちりつくっているメンバーは多い。アイドルにとって「でこ出し」は、今も少なからずリスキーなのだ。*1

 

引用文はこの後「でこ出し」で颯爽と登場した安室奈美恵の活躍について描かれるのですが、このおでこを見られることに「恥ずかしさ」があるのではないか、という指摘はかなり有用な視点なのではないでしょうか。

前段落で見てきた通り前髪というのは元々子供のものであったという歴史があり、我々の無意識下には「前髪がある=幼い」という認識がある。日本式の前髪があるスタイリングでは思春期の心の揺れ動きがそのまま前髪の揺れとなって表現され、韓国式のスタイリングでは「若さ」を連想させつつも「恥ずかしさ」や「隠したい部分」をステージに上げない。という、表現への態度が表れているのではないか。これはただの仮説ですが、あながち間違ってないと思います。

今書きながら思いついたんですが、日本ではアイドルに期待されるパブリックイメージそのものが「前髪がある女の子が歌って踊る」というようなものになっている、という要因もあるかもしれません。ソンナコトナイかな?(笑)

めっちゃ私見ですが、海外だとクールジャパンカルチャーとK-POPが近いものとして扱われているらしい*2ですし、海外におけるKポ人気の要因は「マンガやアニメみたいな顔した男の子/女の子が歌って踊ってる」という点にあると思っていて、その線で行くと海外Kポオタク層って2次元3次元問わず女子の前髪について好意的に思ってる人多そうじゃないですか? そうなると「欧米市場にフィットさせるために前髪が無い」という主張と整合性が取れない。突き詰めていくと「蓼食う虫も好き好き」としか言えないので結論は出せませんが、K-POP業界がアイドルの前髪にもローカライズ――展開する国・地域に合わせたマーケティングを行うこと――を適用しているとは考えにくいです。

 

メモ:アイドルの在り方の違い

そもそも日韓のアイドルの違いって何かね?と言われた時、ぱっと思いつくのが「アイドル」「アーティスト」の領域の良いとこ取りがKポアイドルだ、という風に思われる方も多かろうと思います。

日本語で「アイドル」と言った時、その言葉はなんとなく「若くて可愛い」「パフォーマンスのクオリティが低くても愛嬌がある」等々のイメージを思い起こさせ、「アーティスト」と言えば「自分で作詞作曲」「クオリティの高いプロダクトを仕上げる職人」みたいなイメージがあると。

所謂「アイドル」的に愛嬌があり、目を和ませるようなところもありつつ、ダンスや歌、作詞作曲振り付けまで行う「アーティスト」的側面も持つKポアイドルたち。実際にグループアイドルのメンバーだったZICOは当時から他のアイドルに曲を提供したり、現在ではソロアーティストとして活躍していたりと、このような例は枚挙に暇がありません。何故このような状況になっているかというと、大衆音楽産業の中でアイドルとして活動することが、自分自身の表現を追求することと矛盾しないという環境があるからだと思います。こうした状況も、先に述べたパフォーマンスに対する意識・態度、に影響していると考えられます。

 

K-POPガールズグループ内におけるメンバーの前髪保有

ということで、実際にK-POPガールズグループに前髪があるメンバーはどれくらいいるのか、という話に入っていきたいと思います。今回の調査では、現在活動中のグループ31組を対象に、2020年5月末までに公開されている最新MVで前髪のあるスタイリングをしているメンバーの数を調べました。カット割りによって変化している場合もあるので1シーンでも前髪があれば1人とカウントし、ヘアスタイルについて詳しくないので、眉間の直上に毛先が来てたりおでこが多少なりとも隠れてればそれは前髪としてカウントしました。

調査の前に「大体平均30~40%、デビュー年による前髪保有率のバラつきは少なくコンセプトによる影響は多少ある」、という自分の経験から判断した大体の仮説を立ててみました。実際の結果をまとめた表がこちら。

 

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(細心の注意を払いましたがカウントミス、メンバーの名前間違え等あったらすいません)

(番組にメールで送った表だとWeki Mekiの最新曲を『tik-taka(99%)』と間違えてて1%多い数値を記載してました。Weki Mekiペンミ行ったのに間違えるとは……不覚)

 

表からわかること

ガールズグループは最小3人、最大12人くらいなのでおそらく平均の人数は6,7人。前髪のあるメンバーの割合の平均は34%なので、どのグループでも2,3人は前髪があるメンバーがいるということになります。よって前髪無しメンバーのみのグループはかなり珍しいと言える。表の中ではitzyとHINAPIAが0%となっていますが、この件は後ほどまた触れたいと思います。

保有率30%以下のグループの中で、MAMAMOO、CLC、BLACKPINK、DreamCatcher、(G)I-DLE、itzy、EVERGLOW、HINAPIA、cignatureはガールクラッシュ系に分類されるグループ。この系統のグループは「若さ」や「爽やかさ」よりは「カッコよさ」や「成熟した魅力」をアピールしている傾向があり、その影響でおでこが出がちかも、ということが言えます。が、ここで気になるのは前髪保有率30%以下のガールクラッシュ系ではないアイドルグループの存在で、fromis_9などは22%ですがハツラツとしたキュートな魅力を発揮しています。この例から、前髪の有無とイメージ形成は強い相関関係にある訳ではなく、あくまで一つの指標でしかないことが分かります。また、BLACKPINK唯一の前髪保有メンバーであるリサですが、『Kill This Love』のMVのリサ見て「幼くって可愛いなあ」とは思わないであろうことからも、前髪とイメージの関係性が確たるものではないことは明らかでしょう。

 

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一方、以下のリサがモデルを務めた雑誌グラビアでは打って変わって可愛らしく少女性を感じさせるスタイリングが行われています。前髪だけでなく、髪の色、発色の良いチークに潤んだリップなどメイクの方向性による印象の変化だと言えるでしょう。

 

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番組内では「顔の系統に似合うヘアスタイルの採用」として前髪の有無の差異が生まれていると結論付けられていましたが、この表はあくまで前髪の有るメンバーの割合を示しただけであり、メイクや衣装といった要因についてはまったく触れていません。上の例からも分かる通り、K-POPアイドルグループに関して、単に前髪の有無のみで与える印象への影響について論じるというのは不可能です。

 

補足事項

表作成時の諸事項に加え、更に補足事項を書いておきます。

K-POPではMV撮ってから髪型、髪色を変更していることもままあるので、MV公開直後の音楽番組で髪色違うとかそれなりにあります。itzyは0%となってますがユナがバング作ってますし、17%を記録した(G)I-DLEもミンニに加えウギとスジンがバングあるので現在50%です。

またRed Velvetは前髪保有率40%と出てますが、この測定に使用した最新MV『Psycho』の4ヵ月前にリリースされた『Umpah Umpah』のMVではアイリーン、ウェンディ、スルギの3人が前髪のあるスタイリングをしており、同一グループであっても楽曲のテイストによってパーセンテージが大きく左右されることも記しておかねばなりません。

 

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上はアイリーンのライブのオフショットで、前髪の有無による印象の違いがよく分かると思います。ただこれもアイメイクを中心に微妙に異なるポイントがあるので純粋な比較にはならないのですが、前髪がある方が可愛らしい印象が少し強いかな、と思われます。デコ出しの方も可愛いけど「強さ」みたいなニュアンスが入ってる気がする。そして本当に顔面が良いな……。

ちょっと脱線になるのですが、ツインテールだとかお団子だとか、ある年齢以上になると「キツい」とされるヘアスタイルをKポアイドルは難なくこなしている印象があります。これも先に触れたように、髪型だけでなくメイクや衣装などの要因が相互作用的に機能している結果と言っていいでしょう。

ここまで、実際のK-POPガールズグループの例を見つつ前髪の有無がアイドルのイメージにどう作用するか?を考えてきました。前髪の有無とグループのコンセプトとの間にある程度の相関関係はあるものの、髪型はあくまでスタイリングの一部である。ということを再確認する結果となりました。番組内での結論である「似合うヘアスタイルの採用」に留まらず、楽曲やグループの世界観に沿いつつ、メンバーに似合う総合的なスタイリングが行われていると言えます。

番組内での結論である「顔の系統に合わせたヘアスタイルの選択」の領域を超え、グループのコンセプトや楽曲、そしてメンバーに合わせた総合的なスタイリングの結果として、前髪の有無が決まる。こう書くと至極当たり前のことですが、上記の二つの例を見るとやはりその効果の大きさが分かります。

 

まとめ

前髪の歴史から、日韓アイドルと前髪の関係性、実際に前髪のあるヘアスタイルがK-POPアイドルのイメージ形成に影響を与えているか? ということを例を挙げつつ見てきました。

実際に調査した結果、各グループに平均して2、3人は前髪があるメンバーがいることと、前髪はメイクや衣装などスタイリングの一部であり、単体ではイメージ形成に大きく影響しないということが分かりました。前髪があろうがカッコいい人はカッコいいし、前髪が無くてもカワイイ人はカワイイ。そして重めのバング、シースルーバング、といった前髪そのものの多様化、によって、単純に前髪の有無、だけでは測れないイメージの微妙なニュアンスが生まれていることが発見出来ました。

度々言及している衣装についてですが、ギリリアルクロースとして通用しそうな衣装を採用していることがあるKポアイドルと、「制服」としての衣装を纏う日本のアイドル、という相違については今後何かの機会にまとめられれば。

番組に送ったアンサーのメールにも書きましたが、この結果を鑑みるに「日韓アイドルのイメージの違い」より「日本のアイドルは何故前髪を作るのか?」という問題について研究した方が良いのでは無いでしょうか。最近はそんなに前髪偏重主義の風潮も強くないような気もしますが。

この調査では分かりやすさのため対象をKポアイドルに限定して色々調べました。日本のアイドルにおける前髪保有率の調査、その調査結果とこの記事の比較、が出来ればもう少し分かることも多いかなと思いますが、ちょっと自分の手に負えないのでやりません(笑)。

 

ということで今回の調査は終了です。お疲れ様でした!

 

参考資料

 

(女性声優のラジオのアンダーグラウンドな音源はURLを掲載していいのか微妙なので載せません(笑)。ググれ!)

*1:太田省一『平成アイドル水滸伝』、双葉社、2020年、p92

*2:金成玟『K-POP 新感覚のメディア』、岩波書店、2018年、p78-79