火気厳禁のハングル畑でつかまえて

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半地下のオタクがK-POPを語るブログ

20231125/Your body is a battleground――(G)I-DLE「Queencard」について

はじめに

圧倒的な実力、個性豊かなメンバー、楽曲に込められた社会派のメッセージ―――、今や(G)I-DLE(アイドゥル)の名前を知らないK-POPファンはいないと言ってよいだろう。オーディション番組『PRODUCE101』、『Unpretty Rapster』への出演を経たチョン・ソヨンが自らプロデュースを手掛ける5人組女性アイドルグループ・(G)I-DLE(デビュー当初は6人組であったが、2020年に校内暴力に加担していたという告発を受けスジンが脱退)。そんな彼女たちが来たる5月15日に発表したEP『I FEEL』のリード曲「Queencard」は、セルフラブについての楽曲だ。

筆者はこの曲のMVを見た時、正直に言ってどういった感情を抱けばよいのか分からなくなった。今風に言えば”モヤった”。明るいディスコ調で楽しい気分になる楽曲だが、そのMVや歌詞に込められているメッセージ自体は何か共感出来ない部分があるような気がしたからだ。

この文章では(G)I-DLE「Allergy」「Queencard」についてその歌詞やMVの演出をつぶさに見ながら、その”モヤり”の原因を探してみる。そうすることで、自ずと楽曲に込められたメッセージがどのようなものなのかも分かるはずだ。

 

(G)I-DLEと「Allergy」「Queencard」について

本題に入る前に、まず(G)I-DLEがどういったグループなのかを軽く紹介しておく。老舗事務所CUBEから2018年にデビューし、現在のメンバーはソヨン、ミヨン、シュファ、ウギ、ミンニの5名。前述の通りソヨンがデビュー前からオーディション番組に出演していた他、デビュー後にはガールズグループによるサバイバル番組「QUEENDOM」シーズン1に参加。セルフプロデュースによる壮大な世界観の楽曲などによって着実にファンを増やしてきた。ソヨンのソロ活動を挟んで2022年にリリースした「TOMBOY」「Nxde」ではフェミニズム的なメッセージを痛烈に発信し、ファンダムの域を超えて大きな反響を呼んだ。今作「Queencard」はそうした流れを汲んだ楽曲だと言える。

さて「Queencard」の分析の前に、アルバム『I Feel』から先行公開された楽曲「Allergy」のMVについて見ていこう。

 

Allergy

Allergy」と「Queencard」は前後編の関係、2つで1つの物語になっている。前編にあたる「Allergy」では、Instagram風のフィードをガラケーで見るシーンから始まる。フィードに映る各メンバーの姿と主人公を演じるソヨンを対比させながら、「インスタもTikTokも嫌い」「私だけ持ってないCHANELのバッグ」「世界は私がいなくても回っていく」とついついSNSで見る他人の姿と自分を比べてしまう様子を描き、サビでは「なんで私は可愛くないの?セクシーじゃないの?」「誰か私を愛してよ」と羨望、自虐、自己嫌悪を爆発させる。とはいえ涙のフィルターをかけたライブ配信風の画面の中で「Why ain’t I pretty?」と叫ぶミヨンや、2番サビのパーティーのシーンではキラキラして見える画面の向こうの彼女たちにも主人公と同じような苦悩があることを示している。中盤あたりで主人公は美容整形の医師を訪れるもあまりの費用の高さに診察室を飛び出すのだが、そこで同じ格好をしたミンニに遭遇。「あなたも私みたいになれる!」と言われたことで余計にコンプレックスが刺激され、最終的には手術することを決意。ストレッチャーに乗ったソヨンの顔のアップと「マスクを装着してください。ゆっくりと眠たくなってきて、目覚めたらあなたはクイーンになっています(意訳)」というアナウンスで前編の幕が下ろされる。タイトルの「Allergy」は鏡を見るのも嫌、という心情をアレルギーの症状に例えたものだ。

 

Queencard

「Queencard」では手術を終えたソヨンがミンニそっくりの容姿になって登場。「何見てんの?私がセクシーなのはわかるけど」、クラブに向かう道中で周囲の視線を集めまくる。立ち寄ったブティックで鏡に映るのはウギ、もう一度カメラが本人に戻るとシュファに……と次々に今まで画面越しに見ていたキラキラ女子に成り代わっていく。順風満帆、クラブで踊りまくり、バカンスでプールパーティーと、画面の向こうに見ていた憧れられる側の存在へと変貌を遂げる。2分17秒あたりから種明かしパートに入り、どういうわけか執刀前に目を覚ましたソヨンは記憶がないうちにパーティーに出かけ、整形したと思い込んで自信満々に振る舞ったら周りからイケてるように見られていたということだった。主人公はそれをスマホの通知を見て察するが、それをポケットにしまいどこかへ歩いていってしまう。つまるところ、「気の持ちようでどうとでもなるよ」ということだ。

このMVのストーリーは映画『アイ・フィール・プリティ!』が元になっているとソヨンがインタビューで語っている。この映画はMVと同じように容姿について悩む女性があるきっかけから外見はそのままに自信を得て堂々とすることになり、人生が変わっていくといった物語だ。

 

女王の国のドレスコード

私が2曲のMVを見てまず感じたのは、「それだけ?」という驚きだった。呆然とした、と言い換えてもいい。自分の顔がとにかく好きになれない、という悩みに対して「気の持ちよう」と言ってしまうのは少々乱暴ではないか? 整形せずに済んでよかったね、なのか? 整形することによってしか自分に自信が持てない人はどうなるの? 自分が逆張りをしているだけなのかもしれないが、やはりどうしても「気分を変えたらあなたもクイーン」にはノレずにいる(楽曲自体は楽しく聴いているが)。ここで、再度MVを見てみたい。MVの中の彼女たちがいかにして自分に自信を持つようになったのかを理解することで、この違和感の原因も分かるかもしれない。

 

クイーンになる方法

ということで「Allegy」のMVを見返してみると、1:21~からのシーンで次の4つの方法が「クイーンになる方法」として紹介されている。

 

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「STEP1. Be Pretty(かわいくなること)」「STEP2. Sexy Lips&Hips(セクシーな唇とお尻)」「STEP3. Wear Fabulous Lingerie(ファビュラスな下着をつける)」「STEP4. Stay Confident(常に自信を持つ)」。次のシーンでは主人公であるソヨンが外科医の元を訪れるが、このレクチャーの中で口角を上げるジェスチャーも見られ、単に「暗い表情はやめよう」といったSTEP1のメッセージを彼女が誤読しているとも取れる。しかしここで私が取り上げたいのは、ここで言われている「Pretty」「Sexy」「Fabulous」という概念は誰が作り出したものなのか、という問題である。

 

男性中心社会で美しくあろうとすること

シーラ・ジェフリーズ『美とミソジニー 美容行為の政治学』は、社会に流通する「美」は男性によって女性を低い地位に押し込めるために作られた概念だとし、それが如何に女性に負担を強いているかをつまびらかに、そして苛烈に書き記した研究書だ。この本で扱われているトピックは美容整形、ハイヒール、ピアッシングなど多岐に渡るが、ここでは“セクシー”な衣装を纏って人気を得たマドンナを「自らの意思で売買春のイメージを用い、男を支配する存在」だと評価することについての反論を引用する。

 

マドンナは、男性のSMと売買春のファンタジーを売春店やポルノから、男性主流(メイルストリーム)のエンターテイメント業界に持ち込み、若い女性に女性のエンパワーメントの一形態として売買春を売り込んでいる。その結果、彼女は売買春をノーマルなものとし、ファッションや広告で女性を売春婦として描くことを広く許容することに貢献している。(中略)ポルノが売れることを知っているエンターテイメント業界からの勧めと、世間を騒がせたいという願望ゆえに、彼女は売買春を表象することで富を得ることを選んだのだ。彼女がもたらしたダメージは、若い女の子のファッションが、今では男性の性的欲望に奉仕することに固執するようになったことだ。売春婦や「あばずれ(スラット)」ファッションは今なおいけてるものであり続けている。

 

(シーラ・ジェフリーズ『美とミソジニー 美容行為の政治学』、p149)

 

そもそも「Pretty」「Sexy」「Fabulous」といった価値基準自体が男性たちが自らの社会的地位を維持し、女性を抑圧するためのものだ。「クイーンになる方法」として紹介されている「セクシーな唇とお尻」「ファビュラスな下着をつけること」も、「Queencard」の歌詞に含まれる自らのセックスアピールへの言及も、MVでの肌の露出が多い水着やボディラインの出るタイトなドレスといったスタイリングも、すべて男性によって作られた”美”の概念を内面化した果てのものではないか。また、「Allergy」MVにおける美容整形の費用の描写も、女性に”美”の概念を要求し、かつ多額の金銭まで要求するといった女性を抑圧する構図が示されている。近年のK-POPの潮流に乗る形でセルフラブ的なメッセージを打ち出した「Queencard」だが、「美しさ」という規範に乗っかった上で「あなたも気の持ちようで輝ける」と言うことは、男性中心社会において女性を抑圧する「美」の規範を再生産し拡散することに加担しているのではないか。

 

韓国国内において2018年頃に勃発した脱コルセット運動(탈코르셋 운동)も、こうした規範的女性性を投げ捨てることを目的としたものだ。この運動では、参加する者に対して髪を短く切ることや化粧をやめることを求める。

 

脱コルセットは自分の気持ちを考慮するための運動だ。男性の目を気にし、文化的に容認される論理に従って鈍感化が進んだ、その苦痛に居心地の悪さを感じとるための運動なのである。脱ぎ去るべきコルセットがどこからどこまでを意味するかは、それを身に着けている状態ではわからない。

 

(イ・ミンギョン『脱コルセット:到達した想像』、p4)

着飾りを全面的に中止する脱コルセット運動のやり方は、着飾りを女性の身体から分離し、これを脱自然化するだけでなく、日常の儀礼から着飾りを欠落させることで意図的に忘却へと導く。

 

(前掲書、p72)

 

参加する者の内的な動機がどうあれ、とにかく「美容」であるとか「着飾り」に関することをすべて停止することで、参加者の身体感覚を変え、それによって今まで自らがどれほどまでに規範的女性性に適合しようとして来たかが自覚出来る。こうした脱コルセット運動のラディカルな姿勢を鑑みると、(G)I-DLEが「Queencard」で依って立つ基準である”美”そのものがミソジニー的であるということがリスナーとして引っかかりを覚えるポイントである。

 

誰が貴女に美しくあれと言うのか

前述の『美とミソジニー』で批判されているのはこうした”美”という概念を作り出した男たちであり、それを無自覚に受容し拡散している文化である。”美”という価値基準が無かったらMVの主人公が、つまり容姿や身体について思い悩む女性たちが存在することもなかっただろう、とも言える。

脱コルセット運動に対して、「オシャレするのは私の勝手」という意見も勿論あるだろう。脱コルセット運動は、慣習によって女性に強制される着飾りと個人の楽しみとしての着飾りを区別しない。一度そのオシャレという行為をすべて断ち切ることでしか、それが如何に身体的苦痛、可処分所得の浪費を招いてきたかが分からないというスタンスを持っているからだ。

TOMBOY」の規範的女性性に唾を吐きかけるような態度や「Nxde」で見せたメイル・ゲイズ(男性の視線)を拒みむしろ睨み返す姿勢を知っているからこそ、私は「Queencard」のMVを見て拍子抜けしてしまったのかもしれない。このMVで唯一「Allergy」が提示した問題点を掘り下げていると思ったのは、ミヨンが執刀医に扮するカットだ。「私はクイーン、あなたもクイーンになりたいの?」と口にしながら手術台へソヨンを運ぶ様子は、端的にかつ強烈に問題を描いている。アイドルがエンパワメントの文脈であなたも美しくなれる、と言う時、そのアイドル本人が美の基準になってしまう。あなたが憧れるアイドルの”美しさ”は誰のためにあるのだろうか? その”美しさ”は誰が作ったものなのだろうか? ミヨンの微笑が恐ろしいのは、その背後に女性を抑圧するシステムを感じさせるからだ。

 

2回目の入国審査

ここで改めて「Queencard」の歌詞をつぶさに読んでみると、「クイーンになる方法」と同じく身体に関する描写が多いことに気付く。曰く「My boob and booty is hot」、曰く「I’m twerkin’ on the runway」。前段ではそのセクシーさや美しさを称揚する姿勢を男性中心社会における女性の抑圧に繋がるものとして批判してきたが、近年のHIPHOPにおける潮流を踏まえ再度「Queencard」を読み直してみたい。

 

フィメールラッパーとTwerk

さて、最近ではK-POPでも振り付けの中にも取り入れられているTwerk(トゥワーク)は、端的に言えばお尻をガンガン振るダンスだ。2013年の「#twerk」の流行により一般に定着したとされるこのダンスは、Cardi B「WAP」、Megan Thee Stallion「Thot Shit」、 City Girls「Twerkulator」などなどなど近年のUS-HIPHOPのMVで印象的に用いられている。

 

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「WAP」では女性ラッパー2名が主体となって性的欲求についてあけすけに歌い、「Thot Shot」では彼女のMVにふざけたアンチコメントを書き込んでマスをかく政治家にメーガンはこう吐き捨てる。

 

「お前がうっかり踏みつけようとした女性たちは、みんなお前が依存している人たちなんだ。彼女たちはお前の病気を看病し、お前の食事を作り、お前のゴミを回収し、お前の救急車を運転し、眠っている間、お前を守っている。彼女たちはお前の人生のあらゆる部分を支配しているんだよ。彼女たちに構うんじゃない!」

 

(「MCメーガン・ジー・スタリオンが全ての女性に贈るエンパワメント──自分にふさわしいものを求め続けて」、https://www.elabo-mag.com/article/20210702-02)

 

ジャージードリル流行の立役者であり一躍スターダムにのし上がったIce Spiceも、圧倒的なラップスキルでK-HIPHOPシーンに衝撃を与えるニューカマーCHIO CHICANOも、歯に衣着せぬリリックが痛快な日本のラッパーMaRIも、歌詞やMVの中でTwerkを扱っている。

 

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変態はお前だ――メイル・ゲイズを跳ね返す身体

各楽曲のMVを見てもらえば明らかな通り、乱舞するbootyからはエロさよりよりむしろ見る者を圧倒してやろうというパワーを感じさせる。「I’m twerkin’ on the runway」という歌詞は、こうしたパワーに対する共感/共鳴からくるものだろう。マンガ表現の研究者でヘッズでもある岩下朋世は、女性ラッパーの楽曲MVにおける性的な表象について以下のように書き表している。

 

乱舞する”ホット”な身体は、男の欲望をそそりつつも弾き返して心のうちに踏み込ませない。

 

(岩下朋世「Tha 女子会 Is Hot フィメールをレップするラップについて」、『ユリイカ』2023年5月号所収、p231)

 

ファニーなほどに過剰でパワフルな彼女たちのTwerkは、全く以て男のためではない。そう考えると、「Queencard」の歌詞は「変態はお前だ」と一刀両断した「Nxde」のアティチュードを引き継いでいるとも言える。あえて自発的に身体を可塑性のあるものとして改造することによって、男性中心社会によって身体をデザインされることを拒む――――そう捉えると、こうしたラチェット・フェミニズム的な考え方と、先で紹介した脱コルセット運動やその根底にあるラディカル・フェミニズム的な考え方とで身体についての捉え方が全く異なっていることに気付く。

また、この曲の歌詞には「I wanna with you 뽀뽀 I wanna with you 포옹(君とキスしたいしハグだってしたい)」という一節もある。「포옹(ぽおん:抱擁)」はその音から「porn」とのダブルミーニングになっている、とすると、「WAP」などと同様に女性の性的欲求を率直に描くことすら成功している……というのは考え過ぎだろうか。

 

おわりに

筆者個人が感じた(G)I-DLE「Allegy」「Queencard」への違和感を元に、楽曲MVにおける女性表象や歌詞について見てきた。「Queencard」では近年のHIPHOPの文脈を踏まえ、挑発的な態度を見せつつ自らの美しさや身体を誇示する。身体とはまた違った意味合いを持つ顔という部位、そして美容整形というモチーフの使用について、映画作品のオマージュであるということで今回のMVには欠かせない内容ではあったと思うのだが、この描写があることによってある種の混乱を生んでいることは事実だ。女性が女性らしくあることを強いられる世界で、私はどうしても「美しくあること」を称揚することにグロテスクさを感じてしまう。

しかし歌詞の身体表象について、HIPHOPシーンで高まるラチェット・フェミニズム的な潮流と照らし合わせてみることでむしろ身体について主体的に捉え直し、モノ化した身体をこそ楽しんでいるのだという解釈を得た。(G)I-DLEのプロデューサーを務め、かつ個人でラッパーとしても活躍するメンバーのソヨンがこうした表象を取り入れるのは自然な流れだと思われる。露骨に性的な表象を通して男性中心社会/家父長制が築き上げた規範的女性性を逸脱しようという試みは、女性を抑圧する社会において充分にカウンターたり得る行為だ。

「Queencard」のMVには、身体や美という概念について自家撞着した要素が含まれていると私は思う。しかしそれが彼女たちが「並んだ中から好きなものを選」んだ結果なのであれば、その問題も含めひとまず作品を受け入れるべきだとも思う。我々はついついアイドルに完璧さを求めてしまうが、アイドルに我々の理想――規範的アイドル性とでも言おうか――を押し付けることは、"女らしさ"を振りかざして女性を抑圧することとまったく変わらない。

 

自分は自分で喜ばせられる

並んだ中から好きなもの選べる

 

(Awich, NENE, LANA, MaRI, AI & YURIYAN RETRIEVER - Bad B*tch 美学 Remix (Prod. Chaki Zulu))

 

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参考資料

 

 

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